峨眉気功の歴史

峨眉派の歴史は、南宗末から800年と伝えられています。始祖は白雲禅師。もともとは武将でしたが、道士となり、各地を巡り医学を学び、峨眉山で仏教と出会い出家して禅師となりました。それから14代に及ぶ伝人が、道教、仏教の修行を積み、伝統の医学、薬学(丹道医薬と言います)を探求し、大切に伝承してきました。

20世紀に入り、12代伝人周潜川(しゅうせんせん)老師が活躍しました。彼は中国気功界における伝説の人です。医師であり大変なインテリでした。峨眉山を出て、上海、北京で医療を行い、後には山西省の太原を拠点としました。

多くの治療者を育て、研究を著作に表しました。特に峨眉派の代表気功『峨眉十二荘』を体系的に紹介したことで、その後1970年代の気功ブームに多くの影響を与えました。日本でも「周潜川」は気功を深く学んだ人から尊敬されています。しかし、文化大革命のとき冤罪によって投獄されて、獄中で亡くなりました。そのため、一時は峨眉派の伝承がバラバラになって失われそうになりました。

その伝承の叡智を再統合する使命を帯びて登場したのが、張明亮老師です。